2013年10月12日土曜日

宝もの(3)

 サッカーゲーム盤 である。

今はテレビゲームやスマホで遊ぶ人が多いけど、昔はインドアのスポーツ系のゲームと言えば、野球ゲーム盤かこれでしょう。(勝手に決めちゃいました)
しかし、最近も野球ゲーム盤は新製品が出たりするけど、サーカーゲーム盤はあまり聞いた事がない。ネットで捜して見ても盤はなく、テレビゲームの類だけしか検索出来なかった。



けっこー遊びました。 おかげで、プレイヤーがふたりばかり、レッドカードをもらい退場!(無くした) もっとも、キーパーの退場は???だけど。
箱も破けながらありました。 これっ 実は、盤の後ろは段ボールなんです。


自分がこどもの頃、サッカーの漫画やテレビと言えば、キャプテン翼でもシュート!でもオフサイドでもホイッスル!でもイナズマイレブンでもなくて、赤き血のイレブンでした。

   赤き血のイレブン

    だれが集めたわけじゃない
    赤い熱い血 よびあって
    共に戦う 俺たちイレブン
    汗にかすんだ 目をあげて
    男がめざす 敵ゴール
    パス ドリブル ヘッデイング
    それえ シュート!

60年代から高校サッカーの名門として有名な南浦和高校をモデルにした、梶原一騎と園田光慶原作のサッカー劇画のアニメ化。埼玉県に新設された「新生高校」。そこに入学した玉井真吾は、かつて「ゴールの猛虎」と呼ばれた元サッカー選手の体育教師・松本天平と対立する。校内に全国に通用する強豪サッカー部を築こうとする松本。彼に反感を覚えた真吾は、ワルを集めて第二サッカー部を設立。松井のサッカー精神に反抗の狼煙を上げる。って続きます。(テレビでは52話まで)
その中で、シュート後に後方に半回転する「サブマリンシュート」、玉井と青田コンビによる「回転ひねりキック」、キーパーの面前で鋭くカーブする「ブーメランシュート」など本田選手にも打って欲しいシュートがありました。

うちの Mac 、『あかきちのいれぶん』と入れて変換すると『アカ吉のイレブン』と出て、思わず笑ってしまいました。



2013年10月10日木曜日

秋の味覚

田代館さんに、 あけび (木通、通草)いただきました。

秋の味覚と言えば、たくさんありますねェ。
 クリ、ぶどう、ラ フランス、きのこ etc.   
あけびは子供の頃、山や近くの土手によく採りに行った記憶があります。
こどもの背丈では手の届かない、高い場所にあり難儀しました。
木によじのぼって漸く手が届いて もいだところ、カラスに先を越されてたり - - - - 。
すぐ近くに漆の木があったり。
でも、甘い、旨い (^^)/

今の子供達は、あけび食べません。
いつ頃からなんでしょうか?
ジャンクフードばかりじゃ、ちょっとなー。
自然のもの食べようよ。



もうすぐ、 十三夜 。
赤倉では栗名月があります。
10月17(木)・18(金)・19(土)
お知らせは、赤倉温泉観光協会のホームページにも紹介されてあります。
  http://akakura-spa.com/
前回の豆名月のとき、地域おこし協力隊の皆さんが作ってくれた、 竹 akari の灯籠を見たあかくら幼稚園のこども達が感動して、是非自分達も作ってみたいと一念発起! 作って飾ります。
初日は自分のうちの前、最終日にはお祭り広場に飾ります。きれいですよ。
  https://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=jz46-aOkweA

感動するかしないかは、自分の気持ちの中の魂のもの。
人の意見に左右されない自分のものさしで見て頂ければと幸いかと思います。


2013年10月8日火曜日

赤倉温泉 紹介 その2


赤倉温泉の紹介その2です。
まんなかに ♪ みなもと遠く流れくる♫  小国川 が流れています。
 A  地点がウチ。(小さくてわかりません)

現在、旅館数は9軒です。
 湯守の宿 三之亟
 悠湯の宿 湯澤屋
 みどりや旅館
 旅館 しゃくなげ荘
 わらべ唄の宿 湯の原
 旅館 最上荘
 旅館 いづみ荘
 旅館 田代館
 ひやま山荘

よく聞かれるのは、『どこの旅館が一番良いですか?』 正直、答えられません。
みんな、それぞれに特徴もあるし、お風呂や料金、ごっつぉっ(料理)も違います。
一軒一軒特徴を言えば良いのですが、皆さん迷ってしまいます。しかし、時々は大まかにどういう宿を望んでいるかを聞いて薦めたりはします。
そして、夏には期間限定(7月末〜8月末の日曜日とお盆時)で、赤倉温泉スキー場に天空の湯がオープンします。これは10年程前、『スキー場で露天風呂入れたらおもしろいよねー』と言って自分達が入りたくて始めたのがきっかけでした。
小さい集落ですが、おもちゃ箱の様に面白い地域ですよ。

総湧出量
2006年(平成18)   1497ℓ/分 

昔の資料がありました。

戸数
人口
商店
宿泊施設
収容人数
大正10年
 1921年
36
156人
2
4
70人
昭和10年
 1935年
180
350人
8
6
120人
昭和30年
 1955年
210
600人
25
8
600人
                        人口と、収容人数が同じだったんだ!
温泉の泉質・効能
カルシウム ナトリウム・硫酸塩温泉 or 低張性弱アルカリ性高温泉
 動脈硬化症、きりきず、やけど、慢性皮膚病、神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、
 運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷性、
 病後回復期、疲労回復、健康増進。
 飲用の適応性 ------ 慢性胆嚢炎、胆石症、慢性便秘、肥満症、糖尿病、通風。

と ありますが、泉質や効能は、みんなそれぞれ源泉を持っているので微妙に違います。そして、もちろん源泉掛け流し。
 赤倉温泉観光協会ホームページ 


高名な俳人、 松尾芭蕉 は 元禄2(1689)年7月3日(旧暦5月17日)堺田の封人の家に2泊して、赤倉温泉を通り、山刀伐峠を抜けて尾花沢の鈴木清風さんに会いに行きました。その途中、旅の疲れを癒すために赤倉温泉に入ったとか !?
 『蚤虱 馬の尿する 枕もと』- - - (堺田:封人の家にて)
 高山森々として一鳥声聞かず、木の下闇茂り合いて、夜行くがごとし。- - -  (山刀伐峠:奥の細道)


2013年10月5日土曜日

目撃!!

今日、生まれて初めて『 生 』で目撃したものがある。

 こぐま である。くまと言っても くまモン → では無い。

生きている本物の こぐま である。
場所は、宮城県大崎市の国道47号線。中山平温泉の近く。

よく外商(衣料品販売)に行く鬼首の帰りみち。
時間は夕方の4時40分ごろ。
カーブを曲がった時、目の右端にガードレールの下を土手の方へ転げ落ちる様に降りて行ったこぐま。
時間にして1〜2秒。
   ドキ!ドキ!
すぐUターンして同じ場所を見たけれど、もうどこへ行ったやら。  体長は50〜60cm位だったと思う。真っ黒くて光っている感じ。コロコロとぬいぐるみの様でした。
これは、近くに親ぐまがいるに違いない。流石に車を降りて見に行くまでは出来ず。
近くに田んぼもあるし、人家まで700〜800mくらいなので、110番通報。
『事件ですか? 事故ですか?』との問いに、『こ、こぐまを目撃しました!』と。
詳しい事を説明し、電話を切りました。
しかし、動物園以外では初めて見ました。やっぱ、慌てるねェー。
タヌキ、キツネ、カモシカ、ニホンザルは何度か見た事あるけど、クマは初めて。
近くにイノシシも出没しているとの事(北限が伸びてる)。
クマに襲われたウチのお客さんも2名います。
言葉にして『自然を守ろう』というのは簡単だけど、根本的な解決方法は現実に沿ってない。理想だけでは食って行けない。しかし、理想の無い未来も間違っている。
次世代に譲る前に、考えて実行して行かなければ。
人間は生かされている(試されている)。




2013年10月3日木曜日

Interesting!

ネットでいろいろ見ていると、『これは!!』という写真に出会います。
Hっぽいのは NGだけど、 秀作 を。

俺たちは天使だ!

てっかり

決戦の日曜日


but   好きなのは ポートレートかな。


2013年10月1日火曜日

神無月

10月に入った。 神無月 である。

神無月の語源は、神を祭る月であることから『神の月』とする説が有力とされ『無』は『水無月』と同じく『の』意味する格助詞『な』である。また、全国の神々が出雲大社に集り、諸国に神がいなくなることから『神無月』になったという説もある。
英語での月名、Octoberは、ラテン語で『第8の』という意味の"octo"の語に由来している。以前は3月が年始であり、3月から数えて8番目という意味なんだそうだ。
そういえば、たこの八ちゃんはオクトパス。

赤倉温泉には 薬師神社 があります。


               上の写真は年代は不明ですが、昭和の初期のようです。

 お薬師様を正しくは薬師瑠璃光(るりこう)如来と呼び、東方瑠璃光の世界の教主で十二の大誓願を発して、衆生(しゅじょう)の病苦を救い、迷いや本能の働きで真理を悟れない凡人を治療する法薬を与える如来様である。そのお姿は大蓮華(だいれんげ)に鎮座し、左手に薬壷(やっこ)を持ち、右手には衆生を救う施無畏(せむい)の印を結んでいる。つまり、お参りする人の心や身体の病を治療する薬壷から法薬が与えられるのである。


赤倉温泉の薬師様は慈覚大師が貞観(じょうかん)五年(西暦863年)、東北巡業の途上に赤倉温泉を発見、大師自ら彫られた薬師三尊、薬師如来と脇侍(きょうじ)として日光菩薩、月光菩薩を御安置された。
大師の発見された湯は万病に効くと大評判になり、湯治客が増え、翁山(おきなさん)参拝、最上巡礼客などから名湯としてひいきにされ、今日では悠久(ゆうきゅう)の名湯として客が訪れる。赤倉温泉の熱気が鳥追いとなり、若者らによる勇壮な裸祭が地区の今を伝える。
広報もがみ平成17年1月20日号

かつて薬師堂は、温泉より南東側の小国川上流にあった。『新庄領村鑑』には縦十五間に横十間の境内地を持つ『薬師』として載っており、奥の院もあったようである。だが、幾多の水害に遭い、1848年(嘉永元年)に現在地に移築したという。
現在のものは、地域の方々のご寄付により、平成15年に改修されたものである。

赤倉の『お薬師様』の祭礼日は本来、旧暦の四月八日であったが、新暦の五月八日になり、現在は五月の第二日曜日に行われている。本神輿はもとより、小学生の俵神輿、幼稚園児の神輿、更には最上中の吹奏楽部が楽器を演奏し華を添える大変にぎやかな春祭りである。一軒一軒『家内安全、商売繁盛』と大声を発し赤倉中を練り歩く。
更には旧暦の小正月(現在は一月十五日に近い土曜日)、からだに下帯を締めただけの若衆達が、『とりぼいだー』と気勢を上げ、御神火より松明に火を付け、 お柴灯 に点火し、その年度 御祝儀をあげた家・上棟をした家・子供が授かったい家・旅館・飲み屋を回る。
赤倉温泉にとってお薬師様は、心の中心にあるといっても過言ではないだろう。